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祝!! 425巻『バルディオク』 [ペリー・ローダン]

早川SF文庫1850『バルディオク』("BARDIOC" Nr.850)が5月24日発売されました。
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私の住む川崎市の辺境では1軒しかない書店にローダンもSFマガジンも置いていません。ローダンはアマゾンとか楽天で取り寄せるため1日遅れますが、バルディオクは久しぶりに届くのが待ち遠しい1冊でした。前にも書きましたが高校生の頃、ドイツから取り寄せて届く原書が800巻台のバルディオク・サイクルが多く、50巻単位のNr.800"テルムの女帝"やNr.850"バルディオク"を翻訳したものでした。それがどう訳されているか楽しみです。ただバルディオクの感想や翻訳についてはほかのブログにお任せするとして、区切りとして全425巻850冊の翻訳者について統計を取ってみました。
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グラフの翻訳者は12人ですが、早川310巻は6人で翻訳していますので、ゲスト翻訳者の北村春子さんと安彦恵子を加えると14名になります。翻訳数1位はやはり松谷さんの469冊、まだ55%と過半数は維持しています。2位の五十嵐さんは85冊ですからトップの座は揺るぎないです。
翻訳ペースは年間48冊になり、早川SF文庫の半分はローダンという状況です。年間発行数をグラフにしました。
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ドイツでは年間52冊。48冊になって近づいたように見えても引き離されています。松谷さん流に云えばジェット飛行機にプロペラ旅客機では追いつけないですが、
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ファンとしては読み続けることが"幸せ"ですから、プロペラ旅客機でもずっとこのまま飛行して欲しいですね。

明日から 《Colonia-Con 20》 開催 [ペリー・ローダン]

日本ではこれから梅雨というのに、ドイツでは花と緑に溢れヴァイス・シュパルゲルことアスパラガスが出回り始めるウキウキする気分の季節になります。だからという訳ではないですが、コンベンションの季節でもあります。一番手は20回目の《Colonia-Con 2012》、開催地はケルシュというビールで有名なケルン。当然ながら、このポスターの背景にはケルンのシンボル世界遺産の大聖堂です。ニューヨークだと"猿の惑星"のように自由の女神が埋まっているようなものです。
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開催するのは"Rhodan und Phantastik-Stammtisch köln"(ローダンとファンタジーの会ケルン)、ポスターにあるように設立30周年の記念大会です。 同時にローダン・ペーパーの発行元PRFZの定期集会でもあります。この15年前に設立されたPRFZは"SOL"を年4回定期発行していますが、定期大会というものがなく、時々他の大会と共催しているようです。1000人もいるという会員はColonia-conの参加費は無料、ただ日本と違って2日間の参加費は格段に安くてプログレスブックも付いてたったの18ユーロです。
プログラムは「最近のローダン」「ローダンの映画はどうして出来ないか」「ファン制作ローダン映画」などローダン中心ですが、他の出版社も参加してその企画やゲスト作家がカイ・マイヤーですから「私のファンタジー」や、「ザモラ博士-目標は1000巻」「音楽ショー」など非常に盛りだくさんの内容です。
この"Colonia-Con"に続き、6月2-3日ニュルンベルクで"4 Perry Rhodan Franken-Con"、6月7-10日エアランゲンで"15 Internationaler Comic-Salon"、6月16-17日ブラウンシュヴァイクで"Con Raum & Zeit Continuum Ⅱ"(時空連続祭)、、、と続きます。詳しくはSF-Con.deやローダンのホームページを参照して下さい。
日本SF大会のようにひとつ大きな大会がない分、ドイツでは各地で中小規模の大会が多数あります。日本SF大会のように持ち寄り企画の分科会形式は参加者の体験がバラバラですがすが、主催者のホール企画が中心のドイツでは全員がホールで共通体験することで一体感が生まれます。知らないゲストが1割もいる大会より、作家が討論会やテーマ毎に司会もこなすドイツの大会の方がファンと作家の関係がずっと親密なように感じます。

ついにブラジル版を追い抜いた!! [ペリー・ローダン]

424巻『最終要塞タイタン』を読み終え、遂にあと1巻であのバルデイオクか、と思いにふけっていました。早川文庫を読み始めて5~6年たった頃、ドイツから数か月かけて船便で輸入した原書がちょうどバルディオク・チュークルス(サイクル)だったからです。そして遂にブラジル版を抜いたことに気付きました。
輸入を始めた当時、ブラジルではローダンの翻訳が始まっていました。記念すべき第1巻は1975年10月22日のこと、それから1991年まで536冊が出版されました。面白いことに初版と2版の表紙の色が違っていたそうです。2年間の中断があって、第2期は2001年6月13日から、何故かジャンプして公会議サイクルの650巻と651巻(日本と同様に合本にして)を月刊でSSPGという出版社から出版されました。2001年は7~8年前の日本のように2月と8月は出版されなかったり不規則だったのですが、そのうち月2冊のペースになり順調でした。2006年後半から月刊にペースダウンして2007年1月24日、846/847巻を最後に中断しました。これが最後の巻ですが、イラストは原書(ジョーニー・ブルック Johnny Bruch)のままでした。SSPGのホームページには848/849巻の出版予告がまだ残っています。
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ただブラジルのファンも大したもので、この状態を傍観することなく2008年5月19日のグーグルのコミュニティ《Perry Rhodan Brasil》であるファンの呼びかけをきっかけとして"projeto traduções"(翻訳プロジェクト)が始まりました。ポルトガル語なので正確には分かりませんが、1冊いくらになるとか、SSPGで続けさせようとか議論しているようです(コミュニティに参加しなくとも全発言読めます)。537巻~559巻やアトランの88、92、96、100巻を翻訳してPDFやEPUB形式で配布していまして価格は20~25レアル(1000円程度?)です。2008年10月以降、319冊がe-Bookで読めるそうです。

芸人作家! レオ・ルーカスさん [ペリー・ローダン]

ローダン作家は423巻『あとがきにかえて』にあるように昔はひと月に3作品も書かないと生活できないくらい原稿料が安くて生活のためにマルチタレント(又は多作)な作家が多くいましたが、状況が違う今でもマルチタレント作家が多いようです。
昨日紹介した"Ad Astra Terraner!"で舞台から会場のファンに向かって歌唱指導していた司会者こそ現在のマルチタレント作家の一人であるレオ・ルーカス(Leo Lukas)さんです。舞台慣れしているには訳があって彼は芸人でもあるのです。
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彼は1959年1月8日生まれのオーストリア人。1977年に高校卒業、グラッツァ大学でカトリック神学を学び、卒業後はグラッツァの小さい新聞社で記者として働いていましたが、1983年には芸人に転職しました。彼の芸風は詩とシャンソンとダンスとパントマイムを組み合わせた独特のだそうです。それとオーストリア緑の党の創立メンバーで、子供は娘が二人
レオ・ルーカスさんは13歳の時にはローダンに出会って熱心な読者になっていました。編集長クラウス・N・フリック"Klaus N Frick"は彼の初めてのSF小説"Wiener Blei"から注目していて、まず2059巻でゲスト作家として迎え入れると、ほどなく作家チームの正式メンバーにしました。彼の作風は皮肉とユーモアが混ざったものだそうです。
これは3年前の映像です。解説にあった芸風とは違うような....

新ローダン・ソング Ad Astra TERRANER! [ペリー・ローダン]

ローダン・シリーズの第1巻は『スターダスト計画』"Unternehmen Stardust"ですが、早川文庫ではサブタイトルの『大宇宙を継ぐ者』"Der Erbe des Universums"がタイトルでした。最近では文庫本の帯に"Die Größte Science-Fiction-Serie Perry Rhodan"(ドイツでは2008年から)と印刷されていますが、"Der Erbe des Universums" の時期もありましたからローダンの代名詞として有名ですね。漫画もあったし。他に慣用句としては、
"Unser Mann im All"(410巻によると『大宇宙の男ローダン』となるようですが、個人的には『我らが英雄ローダン』と言っていました)と
"Ad Astra Perry"『宇宙へ、ペリー』(Ad Astraとは英語でto the stars、ドイツ語でzu den sternen)という言い方があります。
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"Ad Astra Perry"というタイトルは人気があってCD(左側はそのひとつで35周年記念版)が何種類も出ていました。1980年代にsensusというグループのテクノ調のものが売れていましたが、20曲あるらしいローダンの曲はどこがローダン?という感じの曲ばかりでした。日本でも寺内タケシはちょっと違いましたよね。ドイツ系アメリカ人のローダンには行進曲風の歌が似合うと思うのです。そして去年、50周年記念としてタイトル(右側)が少し修正された"Ad Astra Terraner!"が発売されましたが、これが見事に行進曲風で、一度聞くと忘れられなくなります。

ローダン・ネオのMANGAKAマリエ・サンさん [ペリー・ローダン]

ローダン・ネオの発表会の一コマ。スーツ姿のいかにもドイツ人っぽく真面目そうな男性司会者が不釣り合いなボディコン姿の女性にインタビューしていました。その女性はやがて会場の最後尾の円形テーブルに移ったかと思うと、突然にスポットライトがあたり、イラストを描き始めたのです。その描いているイラストは舞台の大スクリーンに投影され、大歓声が、、、
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ドイツ語が分からなくても、そのうち彼女がローダン・ネオのイラストレーターであることは分かりました。彼女の名前はマリエ・サン(Marie sann)、1986年11月14日ベルリン生まれの弱冠25歳のMangakaです。ドイツ語で漫画家のことをcomiczeichnerinといいますが、この世代になるとmangakeというそうです。マリエ・サンが本名なのか、それとも"メリーさん"のように日本語を連想されるようなペンネームにしたかは分かりません。ただ、彼女がこの世界に踏み込むきっかけになったのが12歳に時にテレビで見た日本のアニメなのは本当のようです。
そしてベルリンやライプツィヒの漫画コンテストにイラストを応募するようになったのですが、2003年先輩イラストレーターのグイド・ノイカン(Guido Neumann)のテレビ番組"KI.KA"に出演したことをきっかけとして漫画家としてデビューすることが出来ました。

デビュー作"World Across"はTokyopop社の新人漫画アンソロジー・シリーズの"Manga Fieber"(第1巻 2005年)に8作品のうちの1作として掲載されました。2作目"Sketchbook Berlin"(2006年)、3作目"krähen"(2009年)も同じくTokyopop社から出版されました。
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この頃からグラフィックデザイナーとしても活躍していて、ニンテンドーDS用に5作品、ヘルリッツ社のランドセル、ユニバーサル・ミュージック向けイラストも描いているそうです。2010年にはベルリンのBuddy Bär(いろんなデザインで塗られたベルリンの身長2mのバンザイポーズしている熊)を1m大にコピーして漫画風に彩色してチャリティショーに出品しています。
4作目と5作目は日本でも10作近く翻訳されているファンタジー作家カイ・マイヤー(kai Meyer)の"Frostfeuer"(Splitter Verlag,2011年)と"Die Fließende Königer"(2012年)です。
ペリー・ローダンと漫画風にイラストの合わないと思ったいたのですが、ローダン・ネオとは意外と違和感がなく、周りのファンに聞いても好意的でした。ドイツで漫画が浸透してきたということでしょうか。
そして彼女の漫画ですが、サイン会で一緒に並んでいたファンから聞いたところ「描くのがすごく早い」そうです。確かにサインと同時にイラストをサラサラと描いてもらいました。
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